不安神経症のリハビリの最中乳がんに。「なんでまた私なのよー!!!」と嘆いてもいられず・・・怒涛のしこり発見~治療記録の赤裸々本音ブログです

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乳がん闘病記22歳から不安神経症を患っていた私、予期不安のみになりリハビリの最中の 2010年に今度は乳がんに!!
このブログはその記録と日記を書いています。
2010年1月:43歳になる年、10回目の検診で右胸にしこり発見 。細胞診の結果良性 。
4月:3か月後の経過検査で見逃される。
5月:自ら受けた2度目の細胞診でほぼ癌と判明。
6月:告知、8月:右乳房温存手術
9・10月:放射線治療 11月からホルモン治療中。

seesaaで最初に始めたのが、2010年8月29日で、
こちらに引越してきたのが、10月だったのかな。

あれから2年もして画像UP!

携帯とデジカメで撮ってたのだが、
私のデジカメ、広角レンズの為に魚眼っぽく写ってしまい、
胸離れて見えたり、おっぱいの先の方が大きく見えたり、
もう使えないやつ!

なのでほとんど携帯で撮影した画像を
恥ずかしいので縮小して掲載。


2010年8月3日:入院前日

私の乳がんが出来た場所は、D域(今知った・・)
右胸の外下部で10%の発生率。

2010年8月3日 入院前夜  


ぽつんと赤くなってる個所ががんのあった場所。
生検で内出血した後、赤い点だけ残ったまま。

翌々日の5日:温存手術。


2010年8月27日:術後24日

2010年8月27日 術後


術前に撮った画像が、少し下側から撮っているのでわかりずらいが、
実際は下外側がすぱんと無くなった状態。
周りの脂肪を寄せてはいるが限界があるようだ。


傷口のアップ

2010年8月27日 術後傷 


2010年9月4日:術後約1か月(デジカメ撮影)

4日 


想像していたより、ずっと細い、そう猫が引っ掻いたような傷。
それよりも3か所に出来た水ぶくれの方が目立っている。

現在の傷跡も水ぶくれの跡の方が目立っている。
T主治医はテープで出来たというけど、ほんと~?
今こうして見ても、テープの外側じゃない?

私は切開した皮膚を金具のようなもので開いて固定して出来たのかと思ってた。

傷がガタガタになってるので、「Yめ~~!」と恨んでいたが、
ひきつれないようにわざと真っ直ぐ切らないんだと、つい最近療法士さんに教えて貰った。

ちなみにYとは、大っっっっ嫌いな担当医。
T主治医と2人が執刀したのだ。切開はYがしたと聞いていたので・・・


2010年9月13日:放射線初受診


2010年9月21日:放射線初照射 
 
線を書いたのが5日前の16日。すでに線が途切れてる個所あり。
それにしても、他の方のブログで見たラインと比べると、ガッタガタ(´・ω・`)


2010年9月21日 放射線 


2010年10月31日:放射線終了

下敷きを当てたように、境目くっきりと赤く変色。 (実際は画像よりもっと赤い)
皮がめくれ粉になって大変だった。


2010年10月31日 放射線・終了  


わかりずらいので、デジカメで撮影したものを。。。。
あ、この大きさでもよくわからないですねぇ(´・ω・`)


P1120355.jpg  


胸の下のところだとめくれてるのわかるか。
それと皮膚はごわごわになってしまった。 (今は元に戻っている)

以上、放射線終了までこんな経過を辿った。

今現在の画像をと思っているのだが、なかなか気が向かないのだ。


胸なんか見たくない。


左右の高さが明らかに違うんだもん。
センチネルの放射線を入れる注射が原因なのか、
手術が原因なのか、乳輪は大きくなり腫れぼったく、色も茶色く変色した。
胸の形だって・・・・・


もう、私の胸は無くなった。

そう術後2日経って初めて見た時に思ったままなのだ。




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