不安神経症のリハビリの最中乳がんに。「なんでまた私なのよー!!!」と嘆いてもいられず・・・怒涛のしこり発見~治療記録の赤裸々本音ブログです

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乳がん闘病記22歳から不安神経症を患っていた私、予期不安のみになりリハビリの最中の 2010年に今度は乳がんに!!
このブログはその記録と日記を書いています。
2010年1月:43歳になる年、10回目の検診で右胸にしこり発見 。細胞診の結果良性 。
4月:3か月後の経過検査で見逃される。
5月:自ら受けた2度目の細胞診でほぼ癌と判明。
6月:告知、8月:右乳房温存手術
9・10月:放射線治療 11月からホルモン治療中。

■2010年8月5日(木)/ 2011年1月16日 記


夢を見ていた。

するとどこから「終わりましたよー」の声が。
終わった?・・・・

「手術してたの? 終わった?」
「終わりましたからね」

そうだ、手術台にのぼったんだった。
終わった。あれほど怖かった手術が終わったんだ。

そして生きてる。

安心したら、涙があふれてきて声を出して泣いてしまった。

実は入院前に彼に手紙を書こうか迷ってたのだ。
万が一、麻酔事故で生きて戻れなかったら、
彼に言えなかった気持ちを伝えずに仕舞いになってしまう。

あなたが20年以上前に、私にしてくれたことをずっと忘れたことはなかったと、
そしてまた今一緒に居られることが、すごく嬉しかったと
伝えずに死ねないと思ったから。

結局手紙は書かなかった。
そうすれば絶対生きて戻らなければと思えるから。



「涙拭きましょうね」

誰だろう。涙を拭いてくれたのは。

「ドレーンなしー!」と言う声も聞こえてきたが、
怖くて確認出来なかった。なし・・リンパ転移はなかったということだよね?


それからしばらくして、病室へ戻ることになった。

そこからが問題。
常にふわふわと浮遊感のある私は、ストレッチャーでの移動で酔ってしまうのだ。

「気持ち悪い。あああ・・・ゆっくりお願いしま・・気持ちが悪いー」と
手で空をつかみながら、叫んでいると誰かが手を握ってこう言った。

「抵抗すると余計に気持ち悪くなりますよ。揺れに体を任せて!」

そこからは無抵抗で吐き気と戦った。

病室に戻ると、「いち、にー、さん」とベッドに移された。
吐き気止めを点滴に入れて貰うよう頼んだので、じきに吐き気はおさまった。

リンパ転移はあったんだろうか。聴くのが怖いから脇を自ら触ったら、
「触ってだめ」と叱られてしまったので、
「リンパは、リンパに転移は!」と訊ねると、
「転移はありませんでしたよ」と言われた。

その一言で、一気に安心した。

目を開けていられないので、それから数時間うつらうつらしたが、
左手の甲に点滴、そして尿カテーテルもつけているので、
痛いやら気になるやらで、眠ることは出来なかった。

病室に戻ったのが多分11時過ぎで、
やっと目が開けられたのが、午後の3時半頃。

一番に彼に電話をした。(個室なので携帯電話の使用は可)

「もしもし私、終わったから、転移もなかったから」
「良かったな。ゆっくり休んでな」


その後に病気のことを話してある友達数人にメールをした。
ネッ友の弟からは、「めでたい!酒はやめたが今日は祝い酒だ!」と返信が来た。
弟は、私が手術中、ずっと座禅を組むと言ってたくらい熱い奴なのだ。

夕食は食べていいと許可は出ていたが、それまでずっと横になっていたので、
ベッドに座ったが、だるくて仕方ないので水を飲むだけに留めておいて、
またすぐに横になった。
この日は微熱が出た。(37.5度)術後よくあることだとか。
その夜は不安なので、母に泊まってもらったが、
結局また眠れずに朝を迎えた。


※術後は緑の腕輪。手の甲の点滴が痛い。
酸素マスクは確か夕方取れたような?
手術後 


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