乳がん 病院が決まるまで

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乳がん闘病記22歳から不安神経症を患っていた私、予期不安のみになりリハビリの最中の 2010年に今度は乳がんに!!
このブログはその記録と日記を書いています。
2010年1月:43歳になる年、10回目の検診で右胸にしこり発見 。細胞診の結果良性 。
4月:3か月後の経過検査で見逃される。
5月:自ら受けた2度目の細胞診でほぼ癌と判明。
6月:告知、8月:右乳房温存手術
9・10月:放射線治療 11月からホルモン治療中。

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■2010年6月30日(水)/11月21日 記


N大学付属病院(以後N大病院)は、愛知医大とうって変わって
名古屋市中心部にあるので、とても賑やかで活気がある。
私にはこっちの方が性に合ってるかも。

そんなことを思いながら、紹介状にあるT医師に対面。

(若い・・・40くらい?いや30代後半じゃないか?・・)

手術は7月最終週か、8月の第一週と言われ、
ここでお願いすると即答した。

触診でしこりの大きさが、2.1×1.2
エコーでは、1.4×1.3×1.0

触診では周りの脂肪も測定してしまうので、大きく見積もられるとか。


次回受診は7月7日
マンモグラフィーとエコー検査
その時に生検のプレパラートを持ってくること

(生検は昨日29日にI市民病院から借りてきているので、
貸出先をN大病院へ変更してもらった。
愛知医大にはキャンセル電話を入れる。)





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■2010年6月23日(水)/11月2日 記

愛知医科大学受診

外来担当票を見ると、初診はF部長と書いてある。
部長に診て貰えるなんてついてるかもしれない、なんて思った。

まず紹介状と共に入っている、生検の結果の説明から始まった。

「ここに、乳管のがん、と書いてあります」

え・・・そんな説明I市民病院ではしてくれなかった。

その後、手術の説明などを聞き、マンモグラフィーとエコーを
受けてきて下さいと言われた。

話しに聞いていたが、なんて丁寧な医師だろう。
説明もだが、話し方・接し方、全て物腰が柔らかいのだ。
今まで会った医師の中で群を抜いて丁寧で驚いた。



書き忘れていたが、I市民病院ではマンモもエコーの写真も貸して貰えなかった。
マンモはなんと!ないと言うのだ。だから「受けてないでしょ?」って!
最初O医師は、「持って行く必要はない、向こうでまた受けるから」と言っていたのだが、
最後には、「マンモ画像はない、受けてないでしょ」になっていた.............

いやいや、1月も4月もマンモ受けました。
画像で見落としたことが明確だから、そんな理由なのだろう。
今思いだしても腹が立って仕方ない。



話しを戻し.........

マンモは女性の技師さんだったが、いつ写した?と言うくらい
痛みがない!

あまり強くはさまなかったのだが、いいのかな?
今まで何度も受けたけど、一番ゆるくはさんでいた。

その後また乳腺外来へ戻り、エコーを待つ。
その間に、F部長に呼ばれ行ってみると、、、

「7月の最終週に2日手術の空きがあります。このうちのどちらかに入れられますよ」と
教えて下さった。


続いてエコー
この女医さんも、ほんとに優しい。そして親しみやすいし丁寧だ。

この病院は一体どうなっているんだろう?
受付の人も医師もみんなとても丁寧で優しいのだ。
病院自体が、そういう教育というか、そういった方針なんだろうか?

しこりはI市民病院で診てもらった時より、数ミリ小さい。
今思えば、誤差なんだろうが、大きくなっているどころか、
小さくなっていて(見積もられて?)やたら安心したことを覚えている。

その後、再度F部長に呼ばれ、マンモ画像を一緒に診たのだが、
F部長はすぐにこう言った。

「ここが乳がんです」


え・・・・画像見てすぐにわかるの?
え・・・・なんでO医師はわからなかったの?

I市民病院への不信と怒りが強くなった。


次回は生検で採ったもの(プレ・・・なんだっけ?)を借りて来て下さいと言われ、
予約を入れた。

まだこの病院にすると決めてないのだが、
話しはどんどん手術に向けて進んでいく。


「一カ月待ちで手術して貰えるんだから、もうここに決めたら」
なんて母は言っている。
とにかくがんを取り除かないと、安心出来ないようだ。


会計を待つ間、窓の外に広がる景色を見ながら、
私の夏はここから始まるのかな、なんて思っていた。

病院からの景色 




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■2010年6月17日(木)/11月2日 記

15日、I市民病院から、N大病院へ予約が入れられ、
17日の朝、初受診日が30日だとN大病院から電話があった。

30日って今から2週間近くもあるじゃん!!
そんなに待ってられない!

県下一(で間違いないと思う)の大学病院となると、
初受診まで時間がかかるのね.......。
それともそれだけ乳がん患者が多いのだろうか。

I市民病院へ電話を入れ、まだ先なので愛知医大へ先に行きたいと言うと、
予約を取ってくれた。
受診日は23日。

次の日の18日、早速I市民病院へ紹介状を取りに行った。





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■2010年6月10日/11月1日 記

I市民病院受診 紹介状を書いて貰う

希望を愛知医科大学とN大学医学部付属病院に決めた後、
自家組織を使った乳房再建法に、種類があることを知った。

お腹または、背中の皮膚と脂肪、筋肉を移植する、
腹直筋皮弁法 広背筋皮弁法
 
もう一つは腹部の皮膚、脂肪組織と下腹壁動静脈を移植する
深下腹壁穿通枝皮弁法だ。


深下腹壁穿通枝皮弁法は筋肉を取らないので、
体への負担が少ない。
愛知医科大学ではこの再建法をしているが、N大病院でやっているかを
確認する時間がなかったので、院内のトイレからこっそり電話。

詳しい人に変わってもらってる間に、診察の順番が来て、
一旦電話を切る。

※あとでわかったが、愛知医大では穿通枝皮弁法は同時ではやっておらず
2期での再建になる。この方法だと3日ベッドで安静を強いられる。


「それでどうしますか?」
今日のO医師は静かだ・・・・・顔は穏やかではなかったが。

「内視鏡手術ですが、通う体力がないのと、症例がまだ少ないようなので、
愛知医科大学かN大病院にしようと思います。
紹介状2通書いて頂けますか?」

「2通は書けないから、N大病院先に行ってみて。」

(O医師はN大病院に居たことがあるらしく、「ここ(I市民病院)はN大だから」が
口癖なのだ..........ここI市民病院ですけどーー)

なに?!2通書けない?!
うそ。3つ書いて貰った方いますけど?!
まあ、仕方ないな、どっちにしてもいっぺんには行けないから................

待合室で紹介状が出来るのを待つ間、再びN大病院へ電話を入れる。

するとN大病院では、穿通枝皮弁法は定着が難しいから、
行っていないのだが、なるべく筋肉を少し取るように手術するそうだ。

う~ん、各々メリット、デメリットはある訳か。
どうしたもんか・・・・・


N大学病院の初診日は、3日以内に病院から直接家の方へ連絡が入るということなので、
自宅待機となった。





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■2010年6月/2010年11月1日 記


来週の火曜までに病院を決めるように言われたが、
今年1月の検診の時のエコーで、形がいびつだと言われていたので、
実はその頃からいろいろ調べてはいた。

やはりO医師も言うように、インプラントでの再建は健側の下垂が
避けられないのと、ある程度の時期が来ると入れ替えが必要なようなので、
やめることにした。
Nクリニックには予約キャンセルの電話を入れた。
 
O医師には温存が可能だろうと言うことだったが、
万が一全摘になった場合も視野に入れて、病院選びをしなくてはならない。

(実は当初、乳房を残しておく温存なんて恐ろしい、全摘したいと言っていたが、
全摘と温存+放射線のどちらも同じ生存率だと聞き、考えを変えたのだ。)

自家組織を使った乳房再建は、一時(同時)再建と二次再建があるが、
私はとても二次再建をする体力がない。
気力的にも絶対一回で済ませたいと思う。

同時再建は名古屋で実施している病院で、
大学病院だと2軒。
愛知医科大学とN大学医学部付属病院だ。

第一希望は、N大病院だが先回の受診の際O医師が、
N大病院は手術が2カ月待ちになるだろうと言っていた。

なのでこの2軒の紹介状を書いて貰うことに決めた。


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